ラマン分光計のよくある質問 Q&A
ラマン分光分析装置に関する質問のうち、代表的なものをQ&A式でまとめました。
Q1 |
ラマン分光法の特徴は何ですか? |
A1 |
ラマンスペクトルは化合物の分子構造(官能基)、コンフォメーション、化学結合および水素結合等を反映しています。ラマン分光法の最大の特徴は、非接触かつ非破壊の測定が可能なことで、気体、液体および固体試料を前処理することなく測定できることです。 |
Q2 |
ラマン分光分析計を使用して、分析法(試験法)を設定する場合の留意点は何ですか? |
A2 | 分析法を設定する際には、ラマン分光法、赤外吸収スペクトル法そして近赤外分光法などの確認試験で頻用されている分析手法の特徴を深く理解する必要があります。ラマン分光法は、物質の結晶形の判別能力は他分光法と比較して高いと言われています。(1)従来の分析法で分からなかった物質の結晶形が「新たに」分かることで、評価項目を「新たに」1つ付け加える必要が生じるなど、分析計画書(分析法の処方箋)の変更が求められることもあります。また対象物質(原料)の物性、特に結晶形の有無、さらに何種類の結晶形が判明しているかなどは査読付き論文など使うなどして、十分に調査する必要があります。 (1)Lipiäinen, Tiina, et al. Direct comparison of low-and mid-frequency Raman spectroscopy for quantitative solid-state pharmaceutical analysis, Journal of pharmaceutical and biomedical analysis, 149, 343-350 (2018). |
Q3 | ラマン分光法で測定できる試料(原料)は何ですか? |
A3 | ラマン分光法は非接触かつ非破壊の測定が可能なことで、気体、液体および固体試料を前処理することなく 測定できる特徴を持ち、(2) 医薬品分野においても、製剤中の原薬および添加剤(滑沢剤)の分散状態の可視化や評価、 結晶多形を有する原薬の評価、製剤化工程における混 合均一性の評価、湿式造粒工程における原薬の結晶形モニタリング、錠剤のフィルムコーティングに関する 工程モニタリングなどに利用されています。 (2)久田浩史, et al. "日本薬局方の医薬品各条における確認試験を志向したラマン分光法の実用性." 製剤機械技術学会誌= Journal of pharmaceutical machinery and engineering 27.1 (2018): 5-12. |
Q4 | ラマン分光分析法におけるバリデーションの意味を教えてください。 |
A4 | 医薬品の試験法に用いる分析法が、分析法を使用する意図に合致していること、すなわち、分析法の誤差が原因で生じる試験判定の誤りの確率が許容できる程度であることを科学的に立証することとされています。(3) また製造所の構造設備並びに手順、工程その他の製造管理及び品質管理の方法(以下「製造手順等」という)が期待される結果を与えることを検証し、これを文書とすること(4) などと規定されています。当社では分析法の構築からバリデーションの処方作成、さらにバリデーション結果の文書化までをラマン分光法の専門家がサポートすることが可能です。(オプション有料) (3)分析法バリデーションに関するテキスト(実施項目)について平成7年7月20日薬審第755号 各都道府県衛生主管部(局)長あて厚生省薬務局審査課長通知 平成9年10月28日 医薬審第338号一部改正. (4)薬食監麻発第0330001号 平成17 年3 月30 日. |
Q5 | ラマン分光計は、PIC/S準拠の確認試験以外の用途にありますか? |
A5 | 第十七改正日本薬局方第二追補一般試験法へラマン分光法が収載されたことにより局方の確認試験での使用が可能となりました。新規製剤に用いられる原料・材料の確認試験や紫外・可視吸収スペクトルや赤外吸収スペクトル法を使っている既存の試験法に代えてラマン分光法を使用することも可能となりました。 |
Q6 | ラマン分光計は、日本薬局方(日局)の確認試験に利用できますか? |
A6 | 2019年に第十七改正日本薬局方第二追補一般試験法へラマン分光法が新たに収載されました。 それにより、日局の確認試験に用いることが可能となりますが、原料の種類、装置の特性、測定者間の結果のバラツキそして分析の精度などの評価は必要と考えられます。 |
Q7 | ラマン分光計の励起レーザー波長785 nmと1064 nmで測定結果に違いはありますか? |
A7 | 532、785nmなどの可視領域のレーザーを搭載したラマン分光器では試料の蛍光発光を考慮しなければなりません。つまり、試料に蛍光性のものが含まれているとそれがラマン散乱に重畳し測定が困難となってします可能性があるからです。(5) ラマン散乱強度は励起レーザー波長の4乗に反比例し1064nmなどの近赤外領域のレーザーを使ったラマン分光器で得られたラマンスペクトルは可視領域レーザーで得られたラマンスペクトルよりも微弱になります。(6) (5)井上康志 他,分光測定入門シリーズ10,顕微分光法,講談社サイエンス,58-59 (2009). (6)古川行夫 他,分光測定入門シリーズ6,赤外・ラマン分光法,講談社サイエンス,74 (2009). |
Q8 | ラマン分光計で遮光瓶に入った液体試料の測定は可能ですか? |
A8 | 遮光瓶の色には「赤」「青」「茶」などがあり、ガラスの材質やガラスの厚みそして形状などの仕様は瓶によって異なります。緑色レーザーの532nm、赤色レーザーの633、785、800や808nmなどの可視領域レーザー、また1000、1064nmなどの近赤外領域レーザーを搭載するラマン分光器があります。さらにラマン分光計の設計や用途によるレーザー強度も装置によって異なることから一概に測定の可否を言うことができません。一般的な測定可否の目安は容器(遮光瓶やポリエチレン製の容器)内の原料(試料)を瓶の外から目視により確認可能な場合は可視領域レーザーを搭載したラマン分光計を使って測定できる可能性が高いと言えます。ただし、容器内の原料(試料)のラマン散乱強度が弱い場合や天然物由来の原料である場合にはこの限りではありません。 |
Q9 | ラマン分光計において、確認試験用の分析法(試験法)を構築する際の評価項目は何ですか? |
A9 | 日本薬局方に確認試験は、医薬品又は医薬品中に含有されている主成分などを、その特性に基づいて確認するための試験である、と記載されています。また検証方法については、試料から得られた吸収スペクトルと確認しようとする物質の標準品から得られた吸収スペクトルを比較し、両者のスペクトルが同一波長のところに同様の強度の吸収を与えるとき、互いの同一性が確認することができる、と規定されています。つまり、原料由来のピークのみで構成された標準品のラマンスペクトルを装置に登録する必要があります。しかし、湿度による物性の変化が容易や開封することによる交差汚染の影響を考慮する場合、容器の上から測定する必要が生じる場合があります。容器の材質や厚みによって容器由来のピークが原料のスペクトルに現れる場合や容器の形状や材料が測定結果に影響を与える場合があることはよく知られています。(7) 容器の形状や材料の他に測定結果に影響を与える要因として、容器中の測定箇所、測定者、測定日などが考えられます。 (7)濱口宏夫, and 磐田耕一. "分光法シリーズ 第 1 巻 ラマン分光法." P60. (2015) |
Q10 | ラマン分析法において、ピークの帰属は必要ですか? |
A10 | 赤外吸収スペクトル、核磁気共鳴スペクトル等のスペクトルでは吸収の帰属も記載し、液体クロマトグラフィーなどにおいては分析法バリデーションも提出することが求められます(8)、またFDA の査察時に製薬企業に対して標準品と吸収パターンが似ているというだけでなく、その構造を決定づける特異な吸収ピークがすべて存在することを確認すること、との指摘・指導もありました。(9) さらに、スペクトル中の主要な吸収帯及び有効成分の構造の確認に有用な吸収帯をできるだけ広い波数域にわたるように選択する。なお構造上特徴的な官能基は原則として帰属される必要がある(8) など確認試験に関する関連法令、査察実態などを考慮して分析法(試験法)設定時には、標準品のラマンスペクトルに対して官能基の帰属が必要と考えられます。 (8)第十七改正日本薬局方医薬品各条 原案作成要領の実務ガイド 追補2 2016 年3 月. (9)浮島美之,「医薬品の品質管理と分析法バリデーション」,国立保健医療科学院,1994 公衆衛⽣研究. 43(4). |
Q11 | ラマン分光法で何が分かりますか? |
A11 | 測定されたラマンスペクトルの横軸からは分子の振動情報を、縦軸からは活性の強さを読み取ることができます。 具体的には、 ①化学結合の種類と質の同定ができます。また、結晶性物質であれば②結晶化の程度や、③結晶格子の歪みが分かります。縦軸の強度からは、④相対的に濃度を計算することも可能です。 |
Q12 | ラマン分光法で測定できないサンプルはありますか? |
A12 | 純金属(金属結合の結晶)は測定できません。 原理的には金属結合による結晶もラマン散乱を生じますが、光は金属の中に入り込めないため、無機化合物や有機物と比べると非常に弱く、実用上、測定は非常に難しいと言えます。 |
Q13 | ラマンスペクトルの横軸を波数で表示するのはなぜですか? |
A13 | ラマンスペクトルの横軸は一般的に波長ではなく波数で表示されますが、それは、ラマン散乱が分子の固有振動エネルギーが光に変換されたものだからです。 振動数は周期(光においては波長)の逆数になりますから、ラマンスペクトルも波長の逆数である波数で表示することで、分子の固有振動数が分かり、分子種を推定できるということになります。 その他、横軸を波長ではなく波数で表示することで、励起波長によらずにラマンスペクトルを比較できることや、赤外(FT-IR)の測定結果とも比較できる点も有用となります。 |
Q14 | ラマン分光法で定量分析はできますか? |
A14 | 絶対値としての定量分析はできませんが、参照サンプルを用いて検量線を作成することにより相対値としての定量分析は可能です。 |
Q15 | ラマン分光法と赤外分光法の違いは何ですか? |
A15 | ラマン分光法ではサンプルにある波長の光を照射し、そのサンプルで散乱される光を測定します。 一方、赤外分光法はサンプルに赤外光を照射し、どの波長(波数)でどのくらいの光が吸収されるかを測定します。 ラマンスペクトルは、縦軸を「散乱強度」、横軸を入射光と散乱光との波数差、つまり「ラマンシフト」としてプロットされます。 |