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AN-M-015

2025-01

イオンクロマトグラフィによる飲料水中のハロ酢酸、ダラポン、臭素酸の微量分析

Robust analysis with IC-MS/MS according to US EPA 557


概要

飲料水の塩素消毒は病原体の減少に役立ちますが、一方で、ハロ酢酸(HAA)、ダラポン、臭素酸などの発がん性の可能性がある副生成物を形成することがあります[1,2]。米国環境保護庁(EPA)およびEUは、5種類のハロ酢酸(HAA5: モノクロロ酢酸 (MCAA)、モノブロモ酢酸 (MBAA)、ジクロロ酢酸 (DCAA)、ジブロモ酢酸 (DBAA)、トリクロロ酢酸 (TCAA))の合計濃度の最大許容汚染レベルを 60 ppb(60 µg/L)に設定しています[3]。EPA法557では、さまざまな種類の水において、これらの化合物を µg/L レベルで定量する方法が記載されています[4]。

このアプリケーションでは、メトロームのイオンクロマトグラフ(IC)をAgilent社のトリプル四重極質量分析計(MS)に接続して分析を行いました。この高感度な手法では、試料の抽出を必要とせず、メトローム サプレッサモジュールにより溶離液由来の干渉を除去できます。Metrosep A Supp 19カラムを使用することで、対象成分をマトリックス成分から十分に分離できます。すべての分析対象物に対する 1 µg/L のマトリックススパイク回収率は 65~115% であり、汚染負荷の高い水試料においても良好な結果が得られました。最小報告レベル(MRL)は 0.025~0.25 µg/L でした。このアプリケーションで紹介するIC-MS/MS法は、EPA法557に準拠しています。


装置構成


サンプルとサンプル前処理

水試料には、スイス東部の水道水、およびミネラルウォーター(エビアン:炭酸水素イオン濃度 360 mg/L、硫酸イオン濃度 14 mg/L、塩化物イオン濃度 10 mg/L、硝酸イオン濃度 3.8 mg/L)が使用しました。さらに、EPA 557 に基づく合成試料マトリックス(LSSM)〔塩化アンモニウム濃度 100 mg/L、硝酸イオン濃度 20 mg/L、炭酸水素イオン濃度 150 mg/L、塩化物イオン濃度 250 mg/L、硫酸イオン濃度 250 mg/L〕も分析しました。試料は 0.1% メタノール(v/v)で安定化し、4 ℃に冷却しました。また、内部標準物質(MCAA-¹³C および MBA-¹³C)を 4 µg/L の濃度で添加しました。


実験

Instrument photo, IC, ion chromatography, IC-MS, IC-MS/MS, ESI, mass spectrometry, mass spectrometer, Agilent, mass hunter, hyphenated, coupling, VAR, value added reseller, ion chromatography mass spectrometry, 889, 940, Professional IC Vario, Dosino
図1. ハロ酢酸(HAA)、ダラポン、および臭素酸を測定するための装置構成には、889 IC Sample Center – cool(Metrohm)、940 Professional IC Vario(Metrohm)、および Jet Stream Technology イオン源を備えた 6475 トリプル四重極 LC/MS(Agilent)を含みます。メソッドの最適化においては、Dosino を用いて MS への直接注入を行いました。

HPLC と質量分析(MS)と組み合わせでは、一般的に有機分子の研究に焦点を当ててきました。一方で、イオンクロマトグラフィ(IC)と質量分析(MS)を組み合わせることで、水溶液や塩を含むマトリックス中のイオン性およびより極性の高い物質の高感度分析が可能になります。

冷却機能を有したオートサンプラシステムである889 IC Sample Center − cool を使用することで、分解しやすいハロ酢酸(HAA)の劣化を防ぎながら、4°C で安定かつ再現性の高い試料処理が保証されます(図1)。

The 948 Continuous IC Module, CEP automatically  produces KOH eluent from ultrapure water and a KOH  concentrate.
図2. 溶離液自動生成装置 948 Continuous IC Module, CEP は、超純水と KOH 濃縮液から自動的に KOH 溶離液を生成します。電気化学的な溶離液生成は、溶離液生成カートリッジ内の膜で行われます。

金属フリーのマイクロボアイオンクロマトグラフ 940 Professional IC Vario(Metrosep A Supp 19 カラム、サプレッサ、IC 伝導度検出器 MB 搭載)は、干渉を受けることなくクロマトグラフィの分離を実現し、ボイドボリュームを低減しました。

ハロ酢酸の高感度かつ選択的な検出は、Agilent Jet Stream Technology イオン源を備えた Agilent 6475 トリプル四重極 LC/MS を用い、ダイナミックマルチプルリアクションモニタリング(dMRM)モードで行いました。また、導電率検出により、フッ化物、塩化物、硝酸塩、硫酸塩などの一般的な陰イオンを並行して定量することが可能です。

さらに、追加の Dosino を使用することで、MS測定条件の最適化のため、標準溶液をMSに直接注入することができます。

溶離液自動生成装置 948 Continuous IC Module, CEP は、15~100 mmol/L の水酸化カリウム(KOH)濃度範囲で高精度に溶離液を生成します(図2)。IC は MagIC Net ソフトウェア、MS は MassHunter ソフトウェアによって操作され、両装置の同期はリモートケーブルでおこないます。表1に主要な装置設定を示します。

表1. IC-MS/MS を用いたハロ酢酸の測定における主要な測定パラメータ
IC Column Metrosep A Supp 19 - 150/4.0
Eluent/gradient 15−100 mmol/L KOH + 10% methanol
Flow rate 0.5 mL/min
Column temperature 15 °C
Injection volume 100 μL
Suppression sequential
Ion polarity negative
Gas flow 12 L/min
Sheath gas flow 12 L/min
Gas temperature 150 °C
Sheath gas temperature 245 °C
Detection dMRM (dynamic Multiple Reaction Monitoring)

結果

この分析手法は、EPA 557 に準拠し、飲料水中のすべての関連するハロ酢酸、臭素酸、およびダラポンを測定することが可能です(表2)。Metrosep A Supp 19 - 150/4.0 カラムを使用し、水酸化物溶離液による分離は、安定かつ再現性のある結果を示しました。この組み合わせにより、高濃度のマトリックスピーク(塩化物、硝酸塩、炭酸水素塩、硫酸塩)と分析対象成分との間で十分な分離が得られました(図3)。また、マトリックス成分は MS でのイオン抑制を防ぐために廃棄ラインへ分流されました。

このセットアップのさらなる利点は、溶媒に耐性のあるサプレッサを備えている点です。溶離液に 10% メタノールを使用することで、水相から気相への移行が促進され、サプレッサに影響を与えることはありません。そのため、分析対象物の MS における蒸発を改善するための有機溶媒のポストカラム添加や、二次ポンプの使用は不要でした。

0.1–40 µg/L の範囲で二次関数フィットによるキャリブレーションを行った結果、R²値は 0.996–0.999 となりました。最低濃度の最小報告レベル(LCMRL)は、EPA 557 の 9.2.4 章に従って決定しました(表2)。また、7回の繰り返し測定でPIR(予測区間、許容範囲50~150%)の上限及び下限を正常に分析出来ました。

Overlay of a chromatogram of laboratory synthetic sample matrix (LSSM) according to EPA 557
図3. EPA 557 に基づく合成試料マトリックス(LSSM)のクロマトグラムのオーバーレイ。LSSM の組成は、塩化アンモニウム濃度 100 mg/L、硝酸塩濃度 20 mg/L、炭酸水素塩濃度 150 mg/L、塩化物濃度 250 mg/L、硫酸塩濃度 250 mg/L(淡色のライン)。さらに、すべての分析対象物を 1 μg/L 添加した LSSM のクロマトグラム(濃色のライン)を重ねて表示。注入量は 100 μL

水試料は希釈なしで直接分析されました。表3に示すように、1 µg/L のスパイク回収率は、LSSM で 65–115%、水道水で 46–112%、エビアン(ミネラルウォーター)で 87–150% の範囲でした。水道水の繰り返し測定(n = 7)における相対標準偏差(RSD)は 0.7–6.8% の範囲であり、ミネラルウォーター(エビアン)(n = 6)および LSSM(n = 7)の RSD は、それぞれ 1.6–6.3%、1.0–36.5% でした。ほとんどの値は 5% 以下でしたが、硫酸塩に近い位置で溶出する TCAA ではそれを超える値が見られました。

重要な溶出ペアは DBA/硝酸塩および TCAA/硫酸塩でした。DBAA と TCAA の完全なデータを取得し、硝酸塩および硫酸塩を廃棄するためには、分流ウィンドウの設定を正確に行う必要があります。試料の室温での劣化は 1 日後に確認され、4~5 日後には顕著な劣化が発生しました。そのため、試料は迅速に測定するか、冷却機能付きのオートサンプラー(例:889 IC Sample Center – cool)を使用する必要があります。

イオンクロマトグラフにはMetrohm CO₂ サプレッサー(MCS)を使用しました。これにより導電率のバックグラウンドが改善され、MS における干渉イオンの数が減少しました。

表2. 最低濃度の最小報告レベル(LCMRL)の決定は、EPA 557 の 9.2.4 章に従い、最小報告レベル(MRL)の確認として実施しました。上限および下限の PIR(予測区間、許容範囲 50–150%)について、7 つの試料を分析しました。
※ 0.025 μg/L 未満の濃度は試験されていませんが、シグナル対ノイズ比(S/N 比)は 10 を超えており、最小限界には達していないことが示されました。
分析対象物 略語 保持時間 [min] 前駆体 m/z 物質 m/z 最小報告レベルの濃度 [μg/L]
PIR 範囲 [%]
モノクロロ酢酸 MCAA 15.8 93 34.9 0.025* 91−109
モノブロモ酢酸 MBAA 17.2 137 79 0.025* 88−112
臭素酸 BrO3 16.7 127 111 0.025* 84−116
ジクロロ酢酸 DCAA 25.6 127 83 0.025 84−116
ダラポン DAL 28.0 141 97 0.025 74−126
ブロモクロロ酢酸 BCAA 28.0 173 81 0.05 74−126
ジブロモ酢酸 DBAA 31.4 217 173 0.025 75−125
トリクロロ酢酸 TCAA 37.9 161 117 0.25 62−131
ブロモジクロロ酢酸 BDCAA 40.2 163 81 0.025 79−121
クロロジブロモ酢酸 CDBAA 43.5 207 79 0.025 52−148
トリブロモ酢酸 TBAA 49.1 251 79 0.025 62−138
表3. 3種類の水試料に、記載されたすべての分析対象物を 1 μg/L 添加し、IC-MS/MS によって測定しました。元の未添加試料では、分析対象物の評価は行われておらず、検出されなかったか、0.1 μg/L 未満でした。濃度値は、少なくとも 6 回の繰り返し測定の平均値です。
分析対象物 すべての分析対象物を 1 μg/L 添加した試料中の濃度 [μg/L]  
  水道水 (東スイス) ミネラルウォーター (Evian) LSSM (EPA 557)
MCAA 1.12 1.41 1.15
MBAA 1.00 0.97 0.87
BrO3- 0.88 0.86 0.84
DCAA 0.88 1.03 0.80
DAL 0.88 0.93 0.76
BCAA 0.87 0.87 0.71
DBAA 0.88 1.22 0.79
TCAA 0.46 1.50 0.65
BDCAA 0.89 0.91 0.87
CDBAA 0.88 1.00 0.88
TBAA 0.88 1.43 0.84

結論

この分析手法は、米国 EPA 557 のすべての分析要件を満たしています[4]。メトロームのイオンクロマトグラフと Agilent MS を組み合わせた堅牢なセットアップにより、複雑な飲料水マトリックス中でも、すべての関連ハロ酢酸、ダラポン、臭素酸に対して最高の感度と選択性が保証されます。

代表的な 5 つの物質(モノクロロ酢酸、ジクロロ酢酸、トリクロロ酢酸、モノブロモ酢酸、ジブロモ酢酸)は、さまざまな水試料において、サブ μg/L の濃度範囲で高精度に定量されました。本分析手法は、EPA 557[4] および EU 指令[5] に準拠しています。


参考文献

  1. Zhao, H.; Yang, L.; Li, Y.; et al. Environmental Occurrence and Risk Assessment of Haloacetic Acids in Swimming Pool Water and Drinking Water. RSC Adv 10 (47), 28267–28276. DOI:10.1039/d0ra02389b
  2. Sinha, R.; Gupta, A. K.; Ghosal, P. S. A Review on Trihalomethanes and Haloacetic Acids in Drinking Water: Global Status, Health Impact, Insights of Control and Removal Technologies. Journal of Environmental Chemical Engineering 2021, 9 (6), 106511. DOI:10.1016/j.jece.2021.106511
  3. US EPA, O. National Primary Drinking Water Regulations. https://www.epa.gov/ground-water-and-drinking-water/national-primary-drinking-water-regulations (accessed 2022-09-19).
  4. United States Environmental Protection Agency. Method 557: Determination of Haloacetic Acids, Bromate, and Dalapon in Drinking Water by Ion Chromatography Electrospray Ionization Tandem Mass Spectrometry (IC-ESI-MS/MS). EPA Document No. 815-B-09-012 2009.
  5. Directive - 2020/2184 - EN - EUR-Lexhttps://eur-lex.europa.eu/eli/dir/2020/2184/oj (accessed 2024-03-11).
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