AN-EC-032
2023-04
電気化学測定装置によるASTM G148に準拠した単一機器による水素透過試験
概要
Devanathan-Stachurskiセル(または«Hセル»)を使用することで、シートまたは膜を通る水素の透過を評価するのに成功しています。Hセルは、2つの電気化学的区画で構成され、両セルの作用電極(WE)として働くシートにより分離されています。
この設定により、制御された電位または一定の電流を印加することによって、還元側セル内での水素(H2)の生成が可能になります。
水素は、試料(すなわち、シートまたは膜)を通って拡散し、一定の電位をかけることによってH2が酸化される酸化側セルで電気化学的に検出されます[1]。アノード電流は時間とともに試料を透過する水素量に正比例します。
少量の水素がシートまたは膜を通過すると、その検出に非常に敏感なポテンショスタットが必要になります。さらに、2つの電気化学セルは同じWEを共有するので、ガルバニック絶縁を有するフローティングモードがある2つの独立したチャネルが使用されます。各種の鉄板の水素透過特性の研究を、機器的要求を考慮しながら、本アプリケーションノートで検討しました。
基本概念
水素過渡曲線の定常状態透過電流(Jss)は帯電表面(C0)における水素原子の表面下濃度に関する情報を与えます:
ここで、Jssは定常状態での水素原子透過流速、Aは酸化側セル内の試料の露出面積、Fはファラデー定数、D1は原子状水素の格子拡散係数、C0は試料の装入側で測定した水素の表面下濃度、Lは試料の厚さです。
可逆的なトラッピングだけが重要で、透過過渡現象がフィックの拡散の第一法則で表すことができるときは:
ここで、Deffは水素原子の有効拡散係数です。この特性パラメータは三つの異なる方法に基づいて計算できます。
1. 経過時間(tlag)法は、規格化された水素原子の流速(J(t)/Jss)が0.63に等しい場合、次の式を考慮します:
2. ブレークスルー時間(t b)法は、次式に基づいています:
3. 傾き法では、log(|Jss-J(t)|))対1/t のプロットの傾きからDeff を計算できます。
装置とソフトウエア
μStat-i Multi4(STAT-I-MULTI16、Figure 1)、マルチチャネルバイポテンショスタット、ガルバノスタット、およびインピーダンスアナライザー(MultipLEIS®テクノロジー)を使用して、電気化学的試験を行います。フローティングモードでの動作時、水素透過実験にはガルバニック絶縁が必要です。ガルバニック絶縁オプションはμStat-i Multi16の中の4チャンネル分に適用されます。
H セル(H-CELL、図1)は、2 つの電気化学区画(250mL)と、さまざまな電極に適した異なる直径の穴のPTFE キャップで構成されています。このセルは、1.77 cm2(直径1.5cm)の露出面積で提供されます。
水素発生が行われる還元側セルでは、白金対極(CE、PT.SHEET)およびAg/AgCl参照電極(RE、6.0733.100)が使用されます。ステンレススチールCE (6.0343.110)およびAg/AgCl RE (6.0728.120)を酸化側(検出)セルに使用します。この場合はHセルの両区画とも、同じ2mm厚の鉄シートであるWE-を使用しています。
DropView 8400MソフトウェアにはμStat-i Multi16装置を制御し、水素透過試験の解析のための専用ツールも含まれています。
手順
鉄サンプル中にすでに存在する水素を除去するために、金属シートは事前に一晩80 ºCにしてから行ってください。
この還元側(水素チャージ)セルには0.1mol/L HCl及び水素前駆物質として0.2g/L As2 O3を充填し、一方、検知セルには0.1mol/L NaOHを用いました。水素透過研究には以下の手順が含まれます:
- 最初に、アンペロメトリー検出を+0.30Vを印加適用することによって検出セル内で行います。水素チャージセルは作動させません。
- 検出セルで電流の減衰を観測しなければなりません。減衰時間はテストするサンプルによって異なります。
- 検知セルにおいて取得された電流が0μAに近いと、陰分極は水素チャージセル内で行われます。ASTM G148 [1] に準拠し、-1mA/cm 2の電流を考慮して水素チャージ過渡が実行されます。このアプリケーションノートでは1.8mA/cm2における電位差検出での実験を示しています。WEを通る水素流束の検出は、シートの特性(例えば、組成、構造、空隙率など)に依存して異なる測定時間を必要とします。
- 過渡減衰を行うために、検出セルがアンペロメトリック測定を続けている間、水素チャージ充電セル中の水素の電気化学的生成を停止します。
ステップ3 と4 を繰り返すことで、継続した水素チャージと過渡減衰ををそれぞれ引き起こします。
結果
前項で説明した手順で厚さ2mmの鉄シート2枚を評価します。図2は、これらのサンプルで得られた水素チャージと過渡減衰を示しています。
各サンプルの性質に依存して異なる電気化学的分析結果が得られます。例えば、サンプル1(図2、オレンジ色)は、記録されたより高い電流のために最も高い水素拡散率を示します。一方、サンプル2(図2、青色)は、低い電流を示すばかりでなく、透過性が低いため水素輸送の遅れを示します。
データ解析
DropView 8400Mに実装したH2透過モジュールを用いて実験結果を解析しました。このツールの理解を容易にするために、サンプル2を用いて説明します。
1. 電気化学カーブを選択し、Data Analysis ドロップダウンメニューの«H2 Permeation»をクリックします(図3)。その後、«Analysis»オプションを選択します。
2. 空のフィールドに、実験に使用したサンプルの厚さと露出面積を入力します(図4)。«Calculate»ボタンをクリックすると、評価済みサンプルに関連する特性パラメータが取得されます。
3. 水素チャージ過渡が始まる前の最初の点と、システムが定常状態に達したときの2 点を選択する必要があります(図5)。
4. 次に、水素原子の実効拡散係数(Deff)、水素チャージ側の水素原子の表面下濃度(C0)、規格化された水素原子流速(J(t)/Jss)=0.63(tlag)に達する時間などの種々のパラメータが自動的に計算されます(図6)。
5. 図7では、2つの追加の曲線が生データの曲線(青色)とは別にグラフ表示でプロットされています。«CalcFlux» (赤色の線)はアルゴリズムが適用されたものに対応し、«NormFlux» (黒色の線)は規格化された水素流速(二次軸)に関連しています。
得られた結果は、«CalcFlux»カーブ(図7、赤色)とH2透過モジュールに含まれる«View results»オプション(図3)を選択するだけで利用できます。
2つの鉄シートサンプルについて、記載したステップ、Deff、C0、およびtlagを得られます(表1)。
Table 1. Characteristic parameters obtained from the hydrogen charging transient.
Sample | Deff (cm2/s) | C0 (mol/m3) | tlag (s) |
---|---|---|---|
1 | 1.35 × 10-5 | 4.231 | 500 |
2 | 1.11 × 10-5 | 3.136 | 600 |
結論
Metrohm DropSens μStat-i Multi16装置を使用してASTM G148に準拠した水素透過試験を行うことをこのアプリケーションノートでは示しています。この測定機器を使用すると、フローティング・モードで2 つのチャンネルを操作でき、これらの測定に必要な感度が得られます。
μStat-i Multi16では、たった1台の装置で最大8個のHセルによる水素透過試験を実施することができます。
本研究で用いたHセルは、2つの区画から構成されています。
その2つの区画とは、水素を生成するための水素チャージセルと作用極を透過した水素を検出するための検出(酸化)セルです。
DropView 8400M ソフトウェアには、これらの実験を分析するための専用ツールが含まれています。H2透過モジュ-ルは、水素過渡の容易かつ迅速なフィッティングと、実効拡散係数および水素濃度のような実験パラメータの自動的な算出を可能にします。
参考文献
- ASTM International. Standard Practice for Evaluation of Hydrogen Uptake, Permeation, and Transport in Metals by an Electrochemical Technique; ASTM G148-97(2018); ASTM International, 2018. DOI:10.1520/G0148-97R18